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蓼科日記

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蓼科・東急リゾートタウン
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ワークプレイス蓼科日記

信州蓼科高原は、標高1450mにあり、夏涼しく、冬寒いの四季折々のリゾートでの楽しみ方ができます。
ゲストハウスは、から松、白樺、クリ、コブシ、モミなどの木などがいっぱい森の中にあります。
シジュウカラ、カケス、ウグイス、イカル、アカハラなどの野鳥やリスたちが、えさを求めて庭にやってきます。
こんなところにワークプレイスがあります。

毎月、ワークプレイスよりライフスタイル(日々の活動)をお送りしています。

<2004年

 [4月]  [5月]  [6月]  [7月]  [8月] [9月] [10月] [11月] [12月]


 
<2005年>
 (2005年分は、こちらからリンクします。)

 <2006年> (2006年分は、こちらからリンクします。)

 2007年> (2007年分は、こちらからリンクします。)

 <2008年> (2008年分は、こちらからリンクします。)

 <2009年> (2009年分は、こちらからリンクします。)

 <2010年> (2010年分は、こちらからリンクします。)

 <2011年> (2011年分は、こちらからリンクします。)

 <2012年> (2012年分は、こちらからリンクします。)

 <2013年> (2013年分は、こちらからリンクします。)

 <2014年> (2014年分は、こちらからリンクします。)

 <2015年> (2014年分は、こちらからリンクします。)

 <2016年> (2016年分は、こちらからリンクします。

 <2017年> (2017年分は、こちらからリンクします。

 <2018年> (2018年分は、こちらからリンクします。
 

2004年

12月

12月30日 「雪降り積む」
昨日から今日にかけて、根雪となる雪がかなり積もった。
晴れた空の下の銀世界はまぶしい。
テラスに出て、薪運びをする頬に高原の突き刺すような冷気が痛い。
しかし澄み切った青空と白銀の中での仕事も楽しい。
雪の上を歩くとサラサラと粉雪が舞い散る。乾燥しているんだナ。もしかすると、自分はこのような冬の生活をしたかったのかもしれないとふと気づく。
堀辰雄の「風立ちぬ」の最後の章は、軽井沢の冬の山荘での生活だった。
愛しき人を失って、失意の中の冬の山荘での日々はどんなに寂しかったことだろう。私も今年は母を失った。亡くなる2ヶ月前に、山荘に来て、「死ぬ前に来れて、いい思いをした」と言っていたのが心に響く。
まだ冷蔵庫に母が置いていった葉唐辛子の佃煮があったけ、今晩はそれをご飯のおかずにしよう。
今年はいろいろなことが世の中にも、私の回りにもありすぎた。
悪いことが多かった。
ストーブのトロトロと燃える炎を見つめていると、心が落ち着く。
静かに今年最後の山荘の夜も更けていく。
大晦日は東京の家で家族と過ごそう。

   
 

12月18-25日 「クリスマスパーティ」
2週続いて、クリスマスパーティが山荘で催された。
その前の週に、志牟田さんから大量に頂いたニューヨーク帰りの電飾を、当の志牟田さんと熊谷さんに来てもらって、もみの木やベランダにセットした。静かな蓼科の夜にひときわ輝く館”クラブ蓼科”が出現。
最初のパーティは、10月に台風でトレッキングを中止した「残念!」メンバーが主役。リベンジに八子ヶ峰に登った。
先週の初雪が林に残り、登山道は雪道でちょっとした冬山気分。「大丈夫?」と不安げな声が後ろから聞こえるが、「ビバークできる食料もってきたよ」と答えて直進。
尾根に出ると雪は無くなり、こんどは霜柱が溶けてドロンコ道、陽がかげると寒く、初冬の山はきびしい。翌日はピラタスで初すべり。他のスキー場は滑れないので、意外と人が多いのに驚く。
トレッキングとスキーができて”残念組”も至極満足。
パーティは高原のイタリアンレストランに作ってもらった料理、ピザがことの他おいしい。
山路さんの東京からのケーキと、オーダーした24cmのケーキとで、2日間、ケーキ攻め。
25日は岳文甲信OB会のパーティ、山梨県と長野県には、結構OBがいる。
長坂の足立さんは岳文夫婦で農業という変り種、旦那さんは餅つきで忙しく、奥さんが自家製の野菜を中心にコース料理を作ってきてくれた。どれもおいしい。
松本から高校の先生をやっている有賀さんも参加、岳文の”文”で話題は盛り上がる。今の現役・岳文会には”文”が消えている。昔は文学サークルがあってロシア、フランス、古典などの文学談義が盛んだった。”文”は、いつどこで消えてしまったのか、と慨嘆、悲憤慷慨する。それなら、OB文学合宿をこの山荘でやろうと、話はエスカレートして、クリスマスパーティなのか普通の呑み会なのかわからなくなってきた。

   
 

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11月

11月5日 「昔の仲間と和田峠越え秋来る」
大学時代の岳文会の5人の仲間と一緒に、晩秋の和田峠を越えた。
まさに錦秋の青空の中、多くの旅人が辿った中山道の難所を歩いた。
途中、先の台風で土砂崩れ通行止めの所もあったが、昔の勢いで構わず直進、石畳に舞い散る枯葉を踏みしめながら峠へ向う。
今はキャンプ場になっている草原で、木のテーブルを囲み昼食、若き日の山歩きの思い出にしばし話がはずむ。
東餅屋からはビーナスラインを何度も横切って、峠へ向う。
柔らかい陽射しに包まれた和田峠、京への木曽路は秋霞の中だ。
ここから下諏訪への下りは、細くジグザグが西餅屋へ続く。
5月の中山道ウォークでは、諏訪大社まで歩いたが、国道沿いの車の多い脇だったので、敬遠。
西餅屋にタクシーを呼んで、和田宿に戻り、停めてあった車で蓼科に帰ってきた。
蓼科の秋はこの頃が紅葉のピークかもしれない。別荘地内は道路わきのドーダンツツジの真紅が色あざやか、上は落葉松がまっ黄色に染め上げる。見飽きない美しさだ。

   

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10月

10月23日 「三人でやれば薪割りはかどる」
薪割り指南の今村さんが奥さんと再び来られた。
中西さんも、オートバイで駆けつけた。
「火入れ式」がメインイベントだが、なかなかはかどらない薪増産も目的のひとつ、今村さんのマサカリ2本と私ので、中西さんも参加して、一斉に薪割り開始。今村さんの奥さんはチェーンソーで丸太を割ってくれる。落葉松の黄葉舞い散る、秋の午後、一気に薪は増えていく。
”薪割りは頭数で決まる”ことを実感した。
今村さん、中西さんに感謝、感謝! 夜はいよいよストーブに火入れ。
自らの手で作り、増やした薪が減っていくのは、貯金がなくなるような気がしてもったいないが、これも努力の成果と思えば致し方ない。
今村さんは火付け道具をくださった。
中でもガスで吹き付けるガストーチは強力な武器。
火掻き、灰掻き棒も必需品、今まで縁遠かった薪ストーブ機器が活躍する季節がやってきた。秋の夜は、ストーブに燃える薪の炎とともに更けていく。

  

10月10日 「紅葉の中の池めぐり」
台風が迫ってくる中、来るのをやめたパーティもあったが、”極楽スキー”の仲間が風雨を押してやってきた。
ろうそくやランタンを買って備えたが、直撃コースがはずれ、翌日はまずまずの天気。
ピラタスロープウェイで北横岳へ登り、七ッ池、亀甲池、双子池と回った。
紅葉いろどる尾根の上に広がる台風一過の青空、湖面のさざ波が秋の陽にきらめく静寂の亀甲池。
岸辺の紅葉がひときわ鮮やかな双子池。
雨池への林道は黄色に染まった白樺林が美しい。途中から雲行きおかしくなり、雨池はあきらめ、雨の中をロープウェイ乗り場に急ぐ。
リゾートタウンへ戻り、鹿山の湯でホッとひと湯つかり、一日の汗を流す。来るのをギブアップした人、残念だったね。

  

10月1 「秋来る」
異業種ベンチマークで一緒にやった仲間が来る日。その迎えで早めに来た。
すばらしい天気で、迎えの準備をほったらかして、昼過ぎから八子ヶ峰に登る。
秋の空は澄みわたり、北アルプスの槍ヶ岳も、白馬も、立山も、そして妙高山まで見える。
御岳、木曽駒、空木、北岳、甲斐駒もくっきり、八ヶ岳は指呼のうちだ。夕映えの中を、山荘に急いで帰った。

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9 月

9月23日〜25日 「初めての高原セミナー」
オフィスデザイナーの若きホープ、三輪政幸さんを迎えての「高原のワークショップ」を開催した。
三輪さんには、HP時代、新しい働き方をベースにしたオフィス作りで、お世話になった。「オフィス臭さを減らしたオフィス」というコンセプトに共感し、いろいろな試みは私のオフィスに対する考えを変えさせてくれた。
今年のニューオフィス賞では中沢乳業で経済産業大臣賞を受賞した。HPのオフィスでも2年連続、ニューオフィス賞をとった、若干32歳のこれからのオフィスデザインに新風を吹き込んでくれる頼もしい人材だ。
ファシリティマネジメントの重鎮も含めて、12名が山荘に集まった。
開設以来の大人数、オーナーエリアも寝室にして何とか収容。
リビングとダイニングキッチンをワークショップ会場にした。
初日のテラスでのウェルカムドリンクでスタート、ガムラスタンでのディナー、翌日の午前中の三輪さんの「ナチュラルライフとオフィス」の話は、私の「ワーク/ライフ・バランス」の主張につながり、共感を覚える。
午後は八子ヶ峰にトレッキングに行く人、薪割りに挑戦する人、散歩道を通って温泉に行く人など、思い思いに時間を過ごした。
私はトレッキング案内だったのに、登山口の駐車場で鍵をつけたままロックしてしまい、JAFを呼ぶ始末で、案内できず、知らない人だけで霧の中を歩いてもらった。すみませんでした。
夜のディナーは講師・三輪さんの手による、中華料理三昧。
次から次へと出てくる料理は本格的かつ美味。
三輪さんは、オフィスデザインだけでなく、料理の達人でもあった。夜遅くまで山荘は、新しい働き方やオフィスの話で盛り上がった。秋の夜空は清々しく、こんな所での合宿もいいものだと思った。来年も初夏の頃、企画しよう。

  
 

★本当にステキな3日間をどうもありがとうございました。
私の満足度評価は、「心・腹・頭・身」の順番での充実度でした。
その証拠に、中津さんに早速お送りいただいた写真も、食べたり飲んだりのシーンばかり。。。(笑い)
でも、とても大切なことを提言してくださった三輪さんのレクチャー、そして、ワークライフバランスというテーマについて、あの場所とあのメンバーで語れたことは、とても有意義でした。ぜひ、また、こんな機会をつくっていただきたいと思いますし、またお声をおかけいただけることを期待しております。
(PCにトンボが止まったFさん)
★本当に楽しい高原セミナーとグルメの会の3日間でした。
諸先輩方と過ごした3日間については、語りつくせないほどの素敵なことばかりでした。
セミナーでの三輪さんのお話、その後のディスカッションも今後仕事を進めていく上にとても貴重な宝となりました。
職場では薪割り姿の私の写真が大受けしていました。筋肉痛付 薪割り体験とても楽しかったです。薪の生産のお手伝いもできず、小田さん、申し訳ありません。このような機会にお誘いいただいたことへの感謝と、また1年待たずして、次の機会があれば、いろいろとやりくりして大阪から参加していきたいと思います。(大阪から参加のMさん)
★楽しい山小屋ライフを過ごさせていただきありがとうございました。
初めての方も多く、あまり話も出来ませんでしたが、雰囲気は満喫させていただきました。
自分はやはり仕事しかしてこなかった人間だなということを、あらためて自覚した時間でもありました。 ただ、ハードなトレッキングにも耐え、いまだにどこも痛くないところを見ると、まだ体力は十分にあると自信がつきました。
土曜日は一足早く帰らせていただき、掃除もせずにごめんなさいでした。
おかげさまでまた、仕事ライフに戻れました。帰りは雨もふらず、高速をオープンにして帰りましたが、私のビートは、ほとんどバイクで、高速道路では常時6000回転(100km/h)を越え、ほとんどF1の感覚。
私にとって行き帰り自体がスポーツでこれまた楽しかったです。
(スポーツカーまがいの車で来られたKさん)

  
 

★夢をかたちにされた小田山荘の幸せな時空をありがとうございました。
ウエルカムドリンクにはじまり北欧料理、バルコニー朝食、達人シェフ三輪の美味飯店そして高原セミナーナチュラルライフ&オフィスなどなど貴重な思い出ができました。
小田さんの人柄に素晴しい仲間たちのネットワーキングをともにさせていただき感謝の気持ちでいっぱいです。また全員集合したいですね。
皆さんと蓼科からエネルギーをいただき、今日東京でいつものモードに戻りました。
(音楽に詳しいGさん)
★楽しい、美味しい、充実した3日間をアレンジしていただき有難うございました。随分前から小田さんの山荘の夢を聞かされていましたが、良い場所に素晴らしい山荘が実現したことは、正に小田さんの「Dream comes True」を我々にもお裾分けしたいただいたような幸せな気分でした。
気心が知れた仲間と、時間年代を超えて、素晴らしい自然空間の中で、よく食べ、飲み、しゃべり、学ぶことが出来た至福の時でした。小田山荘はFMの仲間を結びつけ、ネットワークを拡げる基地になることを祈っています。          (最長老のNさん)
★素晴らしい3日間を過ごさせていただきました。素敵な皆様と人生の楽しい時間を共有した事に幸せを感じております。尊敬する諸先輩方にお会いできて、嬉しく思います。今後も、いろいろご相談する事があるかと思います、よろしくお願いします。
中沢カフェ、チャンスある時に、マンゴーミルクwithヨーグルト飲みにいきますね。
中津さま、写真をありがとうございました!
FM講座(NOPA)で感じた、中津先生のツヤツヤしたお肌を間近で拝見でき嬉しく存じます。写真は永久保存版です。
みなさま、楽しく、美味しく過ごしました。
ありがとうございました。
一年分位の栄養素をいただきました。
また、お会いできる事楽しみにしております。
(いちばん若いYさん)
★休日にも関わらず、大先輩方にご参加いただき大変恐縮しております。
本当にありがとうございました。
中沢のお話を元に、みなさんとディスカッションできたことは私にとって、貴重な経験となり、また、今、私が取り組もうとしている方向は、皆さんと共有していることをたいへんうれしく思いました。
これから、この考えを形にしてゆくのが私の仕事です。
デザインは、形になるまでのプロセス、それが実際に使われて時間を経過してゆくためのプログラムが大切であるということを、再認識しました。
このプログラムの部分は、とても私だけでは作り上げることのできない大きな部分です。この部分を皆さんと一緒に作ることができたら幸せです。
また、私の遊びの延長線である中華料理にお付き合いいただきありがとうございました。
やはり、12人分というのは、初めての経験で、思うようにできず、少々悔いが残りました。これでは、まだ、ペンション経営できませんね。また、いつかリバイバルの機会をあたえてもらえるよう、日々の精進に勤めます。
(講師&シェフの三輪さん)

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8 月

8月 「家族連れでワーク・ライフ・バランス」
夏休みに入ると家族での利用が増えてきた。
子供たちの興味はまずプレイステーション、ソフトを持ってきて楽しんでいる家族もある。男の子の家族は元気、われわれが2時間以上かけて歩く八子ヶ峰も1時間半程度で走破した。
(ご家族で利用された方々の声)
★素晴らしい山荘ライフ有難うございました。妻はきれいな室内とハイテクの機器に驚き、子供たちは広いスペースの中で「かくれんぼ」(&プレイステーション)をして遊びんでいました。また、行けるね?と何度も催促を受けております。(Aさん)
★以前からのご案内から一度お伺いしようと思っており、今回初めて伺いましたが、大変立派な素敵な山荘で楽しいひと時を過ごさせていただきました。お言葉に甘えて本日15日も御厄介になってしまいました。余りの快適さに1日延長、ずうずうしくてすみません。
今日は諏訪の花火大会でしたが、諏訪市内の大混雑を考えると小田山荘でゆったりとした一日を過ごす方が快適そうでしたので茅野エリアで過ごしました。
本日は昨夜来の雨で午前中は外出できず、のんびり朝食を取り東急のセンター施設を見学しました。買い物がてら土地・住宅売却物件の情報を仕入れに行きました。
私自身も山梨の白州あたりが気に入っておりましたが、小田さんからのお話を伺うと東急の蓼科リゾートは大変良く開発されたエリアで興味深く拝見しました。ホームページで見ても広大なエリアもすごいのですが、売却物件の価格を見ると中古物件の価格の安さは驚くますね、バブル期の何分の一かという値段で私も家内と一緒に正直グラットきました。下界に戻って冷静な頭で再度考えようかなと思っております。(もう一人のAさん)
★小田さん、こんばんは。お世話になりました。
本当に素敵なコテージでとても快適に過ごせました。東急別荘地の回遊路を自転車で周り、軽井沢とは少し雰囲気の異なる別荘を目で楽しみながら、体にたくさん蓼科の空気を吸わせることができました。
次回以降も長期滞在を願望する我が家としましては、乾燥機で乾かせない衣類を干せる室内用の折畳式物干し台(不要時はメゾネットの物置に収納できる)と洗濯用ハンガーがあるとありがたいです。
おかげさまで、とても素晴らしい夏休みの思い出を家族に残す事ができました。小生は軽井沢のペンションでバイトを3年間していたので、閑散としたの季節はずれの避暑地も好きです。次回は夏以外の小田山荘も利用させていただきたいと思っておりますので、宜しくお願いします。乗鞍の自転車レースは、蓼科での高地トレーニング?と心のリラクゼーション効果により近年にない好成績だったと自己満足しております。         (Tさん)
8月13日(金) 「お帰りになられるときに」
青木さんご家族が来られるので、東京から空身であずさで来た。
はじめての方には機器の使い方を説明する必要がある。
本来なら、案内書を用意しておくべきなのだが、間に合わない。ひととおり説明するのに1時間近くかかった。これで、何をポイントに案内書に盛り込むべきかも、わかったような気がする。
私がひと足先に帰るので、「お帰りになられるときに」やっていただきたいことを箇条書きでビラを作った。いつも必要に迫られてあわてて用意する始末だ。すべて後手後手になっている。でもこうやってひとつひとつ形ができていくような気もする。今年はすべて体験と割り切ろう。
青木さんと、夜、しばしこれからの生き方について話しこむ。アウトドア好きの青木さんは手つくりのキャンピングカーも持ったことがあるという自然愛好家。別荘も持ちたい夢もある。ぜひ実現してほしい。すべては夢から始まるのだ。
 
8月10日(火) 「Happy Birthday!」
今日は長女の誕生日、彼女の希望でホテル・ハイジで夕食。
彼女の言うには初めて本格的な仏料理を食べたのがこのホテルだとか。
そういえば、高校入学を祝ってスキーの帰りに、ここに泊ったことがある。私はそのときの味は覚えていないが、娘にとっては忘れがたい思い出になっているのだろう。
蓼科で最も格式あるホテル。東伏見家の経営とあって、天皇一家はじめ、皇族御用達の趣きのホテルだ。テーブルマナーに気を配りながら、粗相のないよう一家で頂く。味はすこぶる良い。たまには、このような贅沢も許されるか。何となくリッチな気分でボロ車で山荘に帰ってきた。Happy Birthday!
 
8月8日(日) 「会社の仲間たち 」
会社の昔の仲間を中心に4人の美女が来た。
みんな仕事に燃えているキャリアウーマン、つかの間の休養に1泊で来荘。
早速、スパークリングワインとソーメンで歓迎。
ちょっと休んで、定番のトワイライトトレッキング。
このところ午後になると雨になっていた天気が、美女4人の来訪に驚いてか、今日は崩れない。爽やかな青空が広がる、もう秋の装いが始まった高原を、夕日を浴びながら歩く。松虫草の紫がひときわ鮮やかになり、ススキの穂も出始めた。
美ヶ原の山々には雷雲が漂い、稲妻が時折、光る。八子が峰には薫風が吹き、富士山も遠くに望める。山はひと足早く、秋の訪れだ。
野辺田さんは、メールで山荘の宣伝もしてくれた。
「8/8-8/9 瀬来さん、きみちゃん、きみちゃんのお友達の福島さんと4人で蓼科の小田山荘一泊二日の夏休み高原旅行に出かけました。
お陰さまで、残暑厳しい東京を離れ高原のすがすがしい空気と緑のマイナスイオンを浴びてリフレッシュできました。
秋もきっと、から松林の紅葉など美しいと思います。長期滞在が理想ですね。
小田山荘は東急リゾートの一角にあり、ログハウスの屋根裏のベッドルームはハイジの部屋みたいで楽しいときみちゃんは喜んでいましたし、先端のシステムキッチンにはIHのレンジ、食器洗い機が、リビングには、高機能のCATV、パソコン、プロジェクタ、スクリーンも揃い研修会もできます。
チロルの音楽やカントリーミュージックも流れ雰囲気も抜群!
ゴロンとお昼寝できる大きなビーズクッションはとても楽チン。
お水がおいしいですし、車ですぐのところには立ち寄り温泉、ゴルフコース、各国のおしゃれなレストランもあって軽井沢より落ち着いているかも。
是非、皆様もお訪ねください。
オーナー不在でも管理事務所で鍵を預って利用できるそうです。
ネットからお申込くださいませ。
(宣伝)また都合をつけて皆で行きましょうね。」

  
 

8月7日(土) 「雷雨で停電 」
午後、原田さんがご家族で立ち寄られた。
ヨーロッパ生活の長い家族なので、この山荘のコンセプトはチロルやスイスの長期滞在型のシャレーと説明したら、納得してくれた。
帰られた直後から昨日と同様の激しい雷雨、カントリウェスタンを聞きながら、まどろんでいると突然、音楽が切れ、停電。エライことになったと焦るが、ほどなく回復。
このところ、午後になると雷雨の日が多く、大気の状態が悪いようだ。薪割りをしようかと準備を始めると雨が降り出す。重労働から解放されるので、残念というより、ホッとする。これではいけない。
そういえば、いつの間にか、カッコウやウグイスのさえずりが聞こえなくなった。
暑くなると山の上へ移動していくのだろうか?それとも天候の変化と関係あるのだろうか。

  
 

8月6日(金) 「山荘で編集会議 」
緑陰オフサイトミーティングで、茨田さんたちが来た。
メルマガの編集会議。午前中たっぷり、記事のアイデアなど議論した。
東京での会議より、いろいろな案が出て中身が濃かった。
窓の外は緑、緑。森林浴的な環境の中では、頭が冴えるのだろうか。
中沢さんが急用で帰京したのが残念だった。仕事優先で致し方ない。
ザルそばをみんなで作り、テラスで昼食。ミーティングの後の食事は格別うまい。
3時すぎに、茨田さん、森永さん、片見さんと八子が峰トレッキング、尾根に出た頃から雨が降り出す。
笹薮が濡れて下半身がびっしょりになり、靴の中にも沁みてきた。下りの坂は滑りやすく、みんな足をとられている。
ほとんど登山経験のない3人には、少し酷なトレッキングになったようだ。濡れた体で温泉直行。
湯から出た頃から、猛烈な雷雨、土砂降りの中を、また濡れて帰る。山を歩いているときでなくてよかった。
もしも、尾根の上だったら、「午後の3時過ぎから登り始めるなんて、無謀な素人登山、遭難も当然」などと新聞に出たかも。
 
8月4日(水) 「薪能 」
帰りは電車で帰るという母を茅野駅に送って帰ってくると、薪能が始まる時間だった。
スキー場のリフト乗り場近くの平坦な所に舞台がしつらえられ、パイプ椅子が並べられていた。蚊よけの蚊取り線香もたかれている。
日差しが強すぎると開演を40分遅くして、6時近くから始まった。
狂言は瓜盗人、わかりやすく面白い。能は安達原、朗々としていて何を言っているのかわからないが、雰囲気はよい。
終盤になって、山陰に沈む夕日と夕焼けがすばらしく、周りの木々や空を赤く染めた。しばし舞台を忘れ、夏の空の饗宴を楽しんだ。薪能が終った頃は、夕暮れの帳に包まれ、幸せな気持で山荘へ帰ってきた。

  
 

8月3日(火) 「母来る 」
石和の老人ホームに入っている母を迎えにいった。
酷暑の甲府盆地から、清涼の蓼科に来て、「極楽、極楽」と母は喜んだ。
84歳になっても足腰がしっかりしているので、2階に上がって、ロフト寝室に寝てもらった。
久しぶりに途中で目も覚めることなく朝までぐっすり寝れたという。
食べ物の好みが偏るので、なかなか家族と一緒というわけにいかないが、今日はすべて母に合せ、夕食もタウン内のレストランで和食、鯛の刺身、蓼科のマツタケ、エビフライ。日本酒で良い気分になったらしく、饒舌になる。
風呂に入り、テレビを見て、クッションソファでうたた寝。つかの間の親孝行をした気分になり、私も幸せだ。長生きをしてほしい。私よりも長いと困るが。

   
 

8月1日(日) 「皆帰り静けさ戻る夏の朝 」
今週も大学時代の岳文会仲間が7名、山荘に集まった。
鈴木君は大島から奥さんと一緒に参加、松田さん、原さんは早々に帰ったが、他のメンバーは八子が峰に登った。
みんな昔の山仲間らしく、足取りしっかり、余裕のトレッキングだった。
珍しく山頂には西落合小学校の子供たちをはじめ、おおぜいいた。夏休みを実感した。
帰ったメンバーからのメール「ほんと、素晴らしい別天地ライフでした。これも小田さんのwelcomeあってこそでした!さぞかし我がまま放題のうるさい女ども相手でお疲れになったのでは? これも「岳文」のよしみということでよろしく〜〜。
今度は勝手もわかったので、もっとゆったり優雅にですね.....。
相変わらず東京は今日も猛暑でしたが、ときおり蓼科の涼やかな風を感じながら仕事に出かけられました。まだボッと余韻が残って.......。
きれいな写真ありがとうございます。天上のお花畑は気持ちよかったですね〜〜」

   
 

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7 月

7月23日(金) 「友、遠方より来る 」
札幌から小野さん、倉敷から蜂谷さん、東京の三木さんが集まった。
大学で同じクラブ、そして同じアルバイトを4年間していたという仲間。
40年近い昔の話だ。バイトはあるビルメンテナンス会社の社内報編集の仕事、取材、編集、発行をすべて学生に任せてくれるという実に大胆、ユニークな会社。この伝統は今でも続いているという。
この集まりに先立ち、数十年ぶりにビルメン会社を訪問、われわれが編集した当時の新聞のコピーを頂いた。一緒にスキーにも行った田中さんがまだ顧問でおられ、歓待してくれた。
新聞も年代毎にファイルされ、20年史編纂のときには役立ったとのこと。
お酒も差し入れてくれた。私たちの仕事をバイトとしてでなく、きちんと評価してくれていたことに感激した。私が書いた記事を40年ぶりに再読、「ビルメン産業の将来」という中で、「警備や人材派遣など、マンパワー的な分野が今後期待できる」と、まさに現在のこの分野の活況をすでに予測していた。
我ながら、自分の洞察が正しかったことに驚く。ビルメン業界がこのような時代の変化の波に乗れたかとなると、かなり疑問だ。岳文会OB会の幹事長・石塚さんからも丹精こめて作られた野菜が届く。
夕暮れのテラスから、田中さん、石塚さんに電話を入れ、代わる代わる出て、お礼の言葉を述べた。
夕食は札幌の小野さん持参のジンギスカンに石塚さんの野菜を入れ、田中さんの酒、倉敷から蜂谷さんの酒も合わせての大パーティになった。
夜のテラスはどんどん冷え、蜂谷さんは寒いと言っていたが、話は熱く燃え続けた。すべて遠い昔のことなのに、その縁でつながる会社やクラブの先輩のやさしさに十分触れた一日だった。
 
7月22日(木) 「蓼科山 」
念願の蓼科山にはじめて登った。
蓼科に来る途中、ひときわ高い山が八ヶ岳連峰の北端にそびえている。
標高2530m、諏訪冨士とも呼ばれる火山特有の秀麗な形と広い裾野をもつ。
蓼科高原はその裾野の一角。すずらん峠に車を置き、標高差800mを一気に登り上げる、2時間半。
同行者は小野さん、三木さん。美しい白樺やブナ林をカッコウの声を背に、徐々に高度を上げ、途中からは疎林の急登、岩がごろごろしている所に出ると、頂上は近い。
昔の山仲間の足取りは確実、気心も知れているので安心だ。
新潟・福井の豪雨前線の影響か、頂上はガスがかかって遠望が利かない。
地元の人たちが、頂上の蓼科神社の祠の前で、神主の祝詞で長い祈りをしている。
豊作、家内・登山安全などを祈願しているのか。百名山のひとつだけに、頂上にはおおぜいの登山客、小学生の団体もいる。
今年は高円寺阿波踊りと岳文会合宿が重なり、北アルプスに行く機会がないので、蓼科山登山はこの夏いちばんの高い山になるだろう。三木さんは膝の痛みでしばらく山登りができなかったが、この蓼科山では元気、自信を取り戻したようだ。
みんなで登れた喜びをかみしめて、天祥ヶ原へ下っていった。

  
 

7月18日(日) 「軽井沢から蓼科へ 」
16日から北軽井沢の熊谷さんの別荘に行き、昨日は旧中山道を歩いて碓氷峠を越えた。
白須さんは東京へ帰るということで、それなら中村さん、熊谷さん、志牟田さんと一緒に蓼科に移り、もうひと歩きすることになった。
佐久平の駅で白須さんを降ろし、浅科、望月と中山道沿いに走り、女神湖への道を登って、蓼科へやってきた。中村さんの文章を借用「小田さんが夢を叶えたという蓼科の山荘は、広い敷地内に大きく構えて建っていました。
私には、山荘がここに来る人たちを「高原へようこそ!」と言わんばかりに迎えてくれているような第一印象を受けました。
玄関に入ると新築の木の香りがぷぅ〜ンとして、それだけでヒーリング効果があるように思えました。
天井は高く2階はロフト式になっていて、プチ・ホテルを思わせるような空間が広がっていました。
1階は和室を境に、奥は小田さんのプライベートルームへと続いていました。
また、北欧から取り寄せられた全建具は、建物によく似合っていて室内の上品さをアップしていたように思います」午後3時過ぎから、八子が峰へ。
名づけてトワイライト・トレッキング、夕暮れの高原は連休中といえども人影も少なく、暮れなずむ夕日の中に、白樺湖が光り、茅野の町も輝いていた。
二日続けてのトレッキングだったが、雰囲気がちがい、中村さんも志牟田さんも幸せそうな笑顔だった。「中山道、風吹き抜けて、蝉時雨」
 
7月12日(月) 「天上の楽園 」
深沢夫妻は山好き。これまで忙しさにかまけて棚ざらしになっていたトレッキングシューズとザックが活躍する日がようやくやってきた。
別荘地のトレッキングスタート地点まで車で行き、八子が峰に。約30分登るとのびやかに開けた草原に出る。
北アルプス、南アルプス、中央アルプス、八ヶ岳、富士山が一望に眺められるはずだが、今日はうす曇なので、蓼科山の大きな山容が目の前に印象的だ。
日光キスゲ、薄雪草、キンバイなどの花々が満開、天国のような草原はアルビレオヒュッテまで続く。
標高1870mの八子が峰は予想以上にすばらしい。
たった2時間半で車のところへ戻ってこれた。
これなら気軽にトレッキングができる。いい所を見つけた。
別荘地内の温泉に直行、久しぶりのよい汗を流し、山荘に帰り、テラスでビール。気分は最高。

  
 

7月11日(日) 「マサカリもらう 」
学生時代、一緒に岩原スキー場で山小屋を借りていた仲間の深沢さんが、奥さんと一緒に来訪。
蓼科のこの山荘の原点は岩原の山小屋にある。
4年間、スキーに明け暮れた冬の日々、われわれも小屋に来てくれた人たちも若かった。ダルマストーブを囲んでの語らいは楽しかった。
この夢のような日々をいつか再現したいと心に秘めていた。
還暦を迎え、ようやく青春回帰が果せたような気がする。
母校の校歌にあるように「人は変れど仰ぐは同じき理想の光」だ。
ログハウスの工務店を紹介してくれたのも深沢さん。
薪割り用のマサカリとナタを持ってきてくれた。
溝上さんがチェーンソーで切ってくれた丸太をこんどはこのマサカリで切り刻むときが来た。
 
7月9日(金) 「オフサイトミーティング 」
はじめてPCプロジェクタや白板を使ってのオフサイトミーティングの日。
三輪さん、永瀬さん、伊藤さん、石井さんが前日の夜到着。
朝からリビング・ダイニング約20畳のスペースを使って開始。
PCプロジェクタもスムーズに稼動、白板・フリップチャートもピッタリ設置。
緑と小鳥のさえずりに包まれて、会議は踊る。
昼食の準備は私のプライベートキッチンでやるので、ミーティングをディスターブしない。
ちょうど日が翳ったテラスでのランチは快適。
冷やし中華でホッと一息。2時間休んで、夕方まで続いた。
そのあと、みんなでスーパーへ買出しに、これもまた楽しい。
今日のメインは三輪さん得意のタコ焼き、先週の広島お好み焼きに続いて関西バージョン、おたふくソースが再び活躍。
テラスのテーブルでタコ焼をクルリ、クルリと回しながらの語らいもなかなか乙なもの。会議の締めはパーティに限る。

  
 

7月5日(月) 「民宿のオヤジ 」
昨日みんなが帰るとき、掃除をしてくれたので、今日はパソコンで仕事をして、早目に帰れるかと思いきや、洗濯、布団カバー取り付け、食洗機から皿の片付けを始めたら、次から次へと家事仕事で、ひととおり終ったのが3時過ぎ。
パソコンどころでない。何でこんなに忙しいのか、これではまるで民宿のオヤジだ。お客と一緒に騒いでいるオヤジにはちがいないが。結局、いつもの帰宅と同様、夕暮れ迫る6時過ぎにカッコウの声を背に山荘を後にした。

   
 

7月4日(月) 「高原に夏が来た! 」
明るく晴れた夏の朝の日差しはまぶしい。カッコウの声を聞きながら、紫外線たっぷりのベランダでみんなで朝食。
ログハウスの中はクールなのに、外は暑い、冷たいビールが朝からうまい。ミルクもジュースもお茶も冷たいものがおいしい。蕎麦とパンの奇妙な組み合わせもまた良きかな。
来週になればベランダに日除けがつく。今朝欲しかったね。みんなを「オレゴントレイル」経由で八ヶ岳農場まで送り、山荘に帰ってきて、陽のかげったベランダに安楽椅子を出し、ビールを飲んだら、1時間余り昼寝をしてしまった。
砂のような雲が落葉松の上の青空を流れ、爽やかな風に吹かれているうちに夢の中。「高原に夏が来た」ことを実感し、幸せな午後のひとときだった。                   あとでメールを開くと、三木さんが軽井沢から麦草峠を越えて、昼頃、家族で山荘に立ち寄ったとか。窓が開いていたので、すぐ帰ると思いしばらく待っていたそうだ。残念なことをした。その頃、私は八ヶ岳農場でまたアイスクリームを食べていた。
パラグライダーが飛んでいました。

   
 

7月3日(月) 「お好み焼きにはおたふくソース 」
杉山さんは二日酔いで加藤さん、山路さん、吉田さんと一緒にゴルフに出かけて行った。あとで聞くと、朦朧とした中でのゴルフは、無駄な力が入らず、スコアは最高だったとか。
溝上さんには、テーブルのニス塗りや、薪運び、チェーンソーと労働をしてもらった。 
タウン内の温泉でゴルフ組と合流、太田さんを迎えに茅野に出る。夕方5時過ぎ、あずさで太田さんは高原の駅に着いた。
今晩の溝上さんの広島お好み焼きメニューの買出し、100円ショップでヘラを買い、こだわりのおたふくソースをスーパーで発見、みんな欣喜雀躍。これでおいしさは保証された。その夜の溝上さんのパフォーマンスはまさにプロ級、卵片手割り、ひっくり返しのときは思わず拍手!お好み焼きで高原の夜は更けていく。

   
 

7月2日(月) 「八ヶ岳農場 」
仕事仲間の加藤さん、杉山さんと富士見高原で合流、八ヶ岳農場でベーコン、卵などを買った。
ここ製のアイスクリームがすこぶるうまい。今日のように気温が高く、晴れている日はクリーム日和かもしれない。
夜半、山路さん、吉田さんに続いて溝上さんが到着。みんなスキー仲間、来年のフランス・バルディゼールスキーの予定で盛り上がる。酒のピッチが進み、寝たのは2時頃か。

   

 

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6 月

6月25日(月) 「ワーク&ライフバランス 」
BPIAワークスタイルとワークプレイス研究会メンバー13人で小淵沢のアルソア化粧品本社を訪問。
数年前、「自然との共生」を目指し、渋谷から200家族が高原の町に移ってきた。訪問の目的は「働き方と生活がどう変り、ワーク&ライフバランスは実現したか」を聞くこと。社員の方から直接、話も聞くことができ、面白かった。
「週末はショッピング、仕事が終ったら一杯」 という都会型から抜け切れない人は徐々に東京に戻っていき、離職率は以前より高い。「乗馬や畑作りなどフィールドの楽しみ方」に自分を適合した自然派の人は、小淵沢が最高の場所になっている。
そのあと7人の方が山荘に宿泊され、ワーク&ライフバランスを楽しんだ。
パソコンを持って来た人は、無線LANで思い思いの場所から自分のメールボックスにアクセスした。
山口から来られた藤崎さんの「仕事で会津の人と名刺を出したら、長州の人のは受け取れないと拒否された」から、幕末の話にひとしきり花が咲き、思いがけず歴史夜話になった。いろいろな人との出会いも、これからの山荘の楽しみになりそうだ。

   

6月20日(月) 「足柄産のスーパードライ 」
今村さんと中西さんは、たくさん食料を持参された。ビーフシチューを大鍋で、箱一杯の足柄工場で昨日作ったばかりのアサヒスーパードライ、焼肉セット、数々のソース、ドレッシング。肉体労働の後に、ベランダで飲むできたてスーパードライはうまい!ビーフシチューもうまい!焼肉もうまい!みんなうまい!
女房も途中から合流、大好きなエルビスプレスリーの歌を聴きながら、おいしい食事、うまい酒、高原の夜は、明るい笑い声で更けていった。

   
 

6月19(月) 「初めての薪割り 」
今村さん夫妻と中西さん夫妻がやってきた。目的は薪割り指南。今村さんは足柄山に住む、薪割り20余年のベテラン、チェーンソー2種類、マサカリ2種類、ナタ持参で指導に来られた。
まずは薪割り場所をベランダ横に定め、適当な材木でチェーンソー台と薪割り台を作る。次に敷地に積まれた伐採した落葉松やクヌギの丸太を運搬、ストーブに入る長さに丸太をチェーンソーで切り、切った丸太を縦にして、年輪めがけてマサカリをふり下ろす。
師匠は何度か割れ目を入れているうちに、パカッと縦に割れる。私は何度やっても、丸太を切り刻むだけ。それでもクヌギや桜に当るとたまにパカッといく。落葉松は固くてダメ。師匠が半分に割ったものを、さらに半分にするのは、落葉松でも比較的簡単。割れない丸太を「師匠回し」で半分に割ってもらい、それを払い下げで頂き、4分の1にするプロセスに落ち着いた。それでもパカッといったときの爽快感はたまらない。体全体をしならせるので、結構きつい。汗が滝のように流れ、背中と腕の筋肉が徐々にだるくなる。終るとぐったりだ。しかしベランダ下に薪が積まれていくと目標ができ、はまっていくという話もよくわかる。
今村さんの奥さんも途中からチェーンソーで切り出し係になり、手伝ってくれる。足柄山では二人で薪探しから薪小屋満載まで共同作業とのこと。頼もしい。
中西夫妻には私がやり残していたベンチ、キャビネット、テーブルなどの組立をやっていただいた。そのあとは薪運びを手伝ってもらった。初めての薪割りは興味津々で始めたが、途中からはベランダをいっぱいにする目標もできたので楽しくなった。

   
 

6月13日(月) 「アリの侵入 」
アリはぴたっと入らなくなった。薬の効き目、絶大。雨はあがったが寒い。晩秋の木枯らしのような風が吹く。早暁、カッコウが鳴き始めたが、けたたましい鳴き声になったかと思うとピタッと止んだ。何かに襲われたのか、しばらくすると遠くで鳴いているのが聞こえた、避難したらしい。
モンキースパナでログのボルト締めをはじめてやった。結構ユルユルになっているのに驚いた。朝倉さんが「しょっちゅうやってください」と言った意味がわかった。
午後から明るい日差しの澄み切った青空になった。来週の今村夫妻、中西夫妻の来訪に備え、ふとんを整え、3時過ぎのタウンバスに乗るべくバス停へ。すっきりとした緑のさわやかな風の中で、しばらく佇んでいると、フツフツと幸せを感じる「高原はいいな」。自分の車でない東京への帰り方は初めてなので、こんな山荘の去り方もゆったりとして良い。

   
 

6月12日(月) 「車なしで山荘へ 」
昨日はハイテクベンチマークで大阪から京都に回り、先斗町でメンバーのみんなで打上げ。久しぶりにカラオケで歌い、ホテルに入ったのは深夜。朝起きたらPCがつけっ放し、メールを読もうとしたらしい。
慌てて起きて、7時の新幹線で名古屋へ、中央西線「しなの」に乗り換え、途中1週間前に通った木曽福島や奈良井の宿を横に見て、塩尻から「あずさ」で茅野へ。タウンバスで山荘へ着いたのが11時すぎ、4時間で着いた。関西から意外と近い、名古屋から茅野までは2時間半、東京から来るのと大した違いがないのにビックリした。
道理で蓼科にトヨタの保養所が多いかがわかった。今回の目的はアリ進入防止、ログのつなぎ目から入ってくる。3種類の防御薬を持参、さっそく散布。二日酔いであとはふとんをかぶって寝ていた。雨が夜になり激しくなったが、夢うつつで雨音を聞く。

   
 

6月7日(月) 「コツがあるハイテク機器操作 」
薪ストーブがオーナーハウスに設置された。今村さんのアドバイスで小型なものにした。ゲストルームは安全性を考え、石油の暖炉風のストーブにした。
いずれもまだ使っていない。晩秋からのお楽しみ。                    Mokさんもとまどったハイテク機器の数々の紹介。
【IH調理器】
湯沸しや天ぷらなどの温度設定ができる。時々、設定できずどうしてかわからない。お湯はあっという間に沸く。ミルクが要注意、ちょっと目を離した間に調理台が真っ白になった。                                        【お風呂】
給湯器は熱くなるまでにちょっと時間がかかる。「朝起きてすぐお湯」の生活パターンのMokさんはお湯が出ないと大騒ぎ、風呂の炊き上げもコツがある。適温をちょっと高めにするのがポイントのよう。
【自動洗濯乾燥機】
「自動ON」にしてもなかなか水が入らない。どこかをいじると動き出す。あちこち触っているので、そのどこかがわからない。
【PSX】
DVD、ステレオ、プレイステーションの機能がついたすぐれもの。その機能を表示するホーム画面をどうやって出しているのか、自分でもわからない。洗濯機と同様、何かやっていると出てくる。出てこないときもある。                               【インターネット・LAN】
セットアップまではいちばん不安だったが、今はもっとも簡単。Outlook Expressのメールはつなげるだけで見れる。自分のプロバイダーや会社のLANに接続するときは、IDとパスワードが必要なので忘れないように。プリンタ接続も設置されているPCからなら簡単。
 
  
 
6月6日(日) 「Mokさんが帰る」
今日から梅雨に入ったよう、朝からの雨の中、Mokさんは「あずさ」で帰っていった。
いつものことだが、人が帰ったあとひとりになると急に寂しくなる。
立ち去った日はいつも雨、緑は日増しに厚くなってきた。
茨田さんが贈ってくれたフリップチャートボードを組立た。
スクリーンが来れば、高原のオフサイトミーティングができる環境が整う。
数人泊られる7月初めが第一号になりそう。
  
 
6月5日(土) 「蓼科に帰る 」
Mokさんの蓼科、最後の日。今日も快晴、霧が峰へピクニック。
おにぎりとスキーリフトが二人にとって初体験、リフトに大喜びする。
頂上からは富士山も望め、北アルプスはまだ雪化粧、グライダーも飛んでいた。模型飛行機にこっているMok夫妻、Memorable tripと大感激。
私にとってもすばらしい旅だった。
夜はリゾートタウン内のインド料理で旅の終りの乾杯。
インド料理は好物のようで、日本料理のときとはちがう自信たっぷりの食べ方。表情も落ち着き、こうも違うものか。
  
 
6月2−4日(水−金) 「高山・合掌作り」
高山はアメリカでお馴染みのベストウェスタンホテル。日本ではここ一軒らしい。幕府直轄の地の統治仕組、春と秋の祭りの山車に興味を引いたよう。
ポスターをもらって大喜び。                                             白川郷と五箇山の合掌作りを見にドライブした。
白川郷はかなり観光地化していたが、五箇山はまだ鄙びていて、子供の頃の私の故郷を思い起こし、懐かしかった。
Mokさんはカツ丼に味をしめたようで、昼は丼物の連続。
山の中でダメだったAir-Hが高山でつながり、3日ぶりにメールを見る。
50件以上入っていた。緊急の用件の電話もあり、ひとしきり仕事モードになる。
明後日までの財務分析の仕事も飛び込んだが、如何せん道中はムリ、面白そうな内容だったので、残念。
蓼科に帰る日は御嶽山を見ながらの開田高原を通り、中山道・奈良井宿へ。
カーブの連続で奥さんは酔ってしまった。ずっと快晴が続き、緑が美しい。
木曽路はまさに山の中。
ひとしきり日本のオレゴントレイル「中山道トレイル」の講釈をする。
英語の案内では「宿場町」がPost Townになっているが何かしっくりこないよう、Travelers-inn Townではおかしいか?
塩尻峠を越えて諏訪湖を遠望しながら、5日ぶりで蓼科の山荘に帰った。
山荘を基点にするとこんな旅も楽しめる。
 
  
 
6月1日(火) 「奥飛騨の湯 」
梅雨入り予想ははずれたようで、上高地の朝はすばらしい青空になった。
まさに「穂高覚め夏暁の霧まとう」。
あまり自然には興味なそうだったMok夫妻もこの景色には感激、日本アルプスの美しさを認識した。
この日は奥飛騨福地温泉の旅館に泊る。
浴衣、露天風呂、畳、囲炉裏端での食事、浴衣・下駄での外歩き、すべて初めてなので興奮気味。
この夜がいちばんぐっすり眠れたとあとで言っていた。
 
  
 

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5 月

5月31日(月) 「上高地帝国ホテル」
今日から5日間のドライブが始まる。
東京へ帰る妻を茅野駅で降ろし、松本城へ。
天気予報は梅雨入りになりそうとのことで、1週間雨模様。
上高地へ向う途中、本降りになった。
上高地帝国ホテルは雨の中で到着、ホテルの人が傘を持ってバス停まで迎えに来てくれた。
Mokさんより、私の趣味で選んだ場所であり、ホテルだ。
はじめての帝国ホテルなので、私が感激する。
部屋は3階の屋根が張り出した部屋、高窓から穂高が見えるはずなのだが、雨で見えない。
夕食はフレンチ、旅の宿泊費はMokさんが出してくれるというので甘えることにした。
 
  
 
5月30日(日) 「北欧料理 」
荒川さんはダービーに行くとかで、朝食もとらず去った。
日差しが射し込むベランダでアメリカン・ブレクファスト、ふだんはあまり飲まないコーヒーにした。
リスが朝日の中を駆け抜けて行った。通り道になっているようだ。
昼過ぎ、妻がタウンバスで到着。
午後の紅茶はケーキ付き。
夕食は北欧料理がガムラスタンへ。
おいしいのだが、客が少ないせいか、間髪をおかず次から次へ出てくる。忙しくてかなわない。
  
 
5月29日(土) 「初めての外人来荘 」
はじめて客らしい人を迎える日。
シンガポールからHP時代の友人Mok夫妻を神田のホテルでピックアップし、蓼科に向った。
小淵沢で中央道を下り、HPとアジレントの保養所に立ち寄る。
Mokさんも同じファシリティ・マネージャだったので、建物に関心がある。
畳の部屋や共同風呂に興味を示す。
スーパーで明後日までの食料を買い込んだ。
日本のチェリーとアメリカンチェリーの値段の差に驚き、油揚げ、こんにゃく、納豆に興味津々。
荒川さんを迎えての焼肉パーティをベランダで始める。
寒くなってきたので、室内に移動して宴は続いた。
ハイテク山荘にMokさんも戸惑っていたようだ。
 

  
 

5月24日(月) 「梅雨入り近い? 」

やることがいっぱい残っていて、開梱、セットアップ、片付けの繰り返しでまた段ボールと発泡スチールの山ができた。
一通り終ったのが夕方の6時、合間に明日から東京での仕事の準備をPCで行い、6時半過ぎに山荘を後にした。
9時前に家に着いた。意外と速かった。
雨が続いた3日間、梅雨入りは近い。
 

   
 
5月23日(日) 「和田峠越え 」
永瀬さんの車で早朝、和田宿まで送ってもらう。
今日は信濃毎日新聞後援の「中山道ウォーキング」で和田峠を越え下諏訪まで歩く。
中山道は碓氷峠、和田峠、塩尻峠、鳥居峠、馬籠峠と信州は難所続き。
石畳や一里塚も残る旧道は、何万人も通った江戸時代を偲び感慨深い。
峠から下諏訪への下りは細く急勾配、下り終えたら大雨になった。
下諏訪から電車で茅野へ、駅からリゾートタウンのバスで山荘へ5時半帰着。
まだリビングには温もりがあり、永瀬さんは帰ったばかりのようだ。
あとで聞くと雨の山荘で仕事がはかどり、5時過ぎまでいたとのこと、ちょっとの差で行き違いだった。
こんな風に山荘を自由に使ってくれるとうれしい。
  
 
5月22日(土) 「ハイテク機器は?? 」
熊谷さんは、昨夜悪戦苦闘し運びこんだ古いテレビをCATVに接続して調整までしてくれた。
家より映りが良い。念願のCNNも見れる。パソコンとプリンタの接続もやってもらう。
HPのパソコンとHPのプリンタをつなぐと英語バージョンになってしまう。
同じプリンタをソニーのVaioにつなぐと日本語バージョンになる。
HPのコールセンタに聞き、基本設定が英語になっているとのこと。
日本語変換方法を教えてもらった。
PCもプリンタもHP製品を買う日本のお客はいないと想定しているのだろうか?
35チャンネルまでしか映らないソニーのテレビのことといい、山荘暮らしではじめて知ったハイテク関連の??は結構ある。                      5時過ぎに永瀬さんが一升瓶持参で来る。
これでは手伝いにならない。みんなで山の下のスーパーへ買出しに。
帰りの道で鹿に遭遇、まだ小鹿だ。
道路の中央でちょっと立ち往生していたが、林の中へ駆け込んでいった。
車の通りが多いところなのに意外だった。
3人ですき焼きをつつく。
仕事のこと、スキーのことで盛り上がる。
10時過ぎに熊谷さんは北軽井沢の別荘へ帰っていった。
東京でも会っているのだが、高原の山荘での気楽な会話は何か新鮮だ。外は真っ暗闇だ。明日は雨か。
   
 
5月21日(金) 「初めての豚汁 」
熊谷さんが来て、明日にかけてパソコン関連のセットアップをしてくれる。
早目に行って豚汁を作った。
しょう油味も用意し、そばで「豚せいろ」にする。
彼は9時過ぎに到着、重くて車からひとりでは持ち出せなかったテレビの搬入をさっそく手伝ってもらった。
ファシリティマネジメントを通じて知り合った仲間にいろいろと助けてもらっている。明日は永瀬さんが来る。
  
 
5月18日(火) 「リスが来たよ! 」
昨日までの雨が上がり、緑の木立越しに朝の日差しがまぶしい。リスが隣との境に積んだ落葉松の丸太の上を飛び跳ねていった。もうひとつ原稿を書き終えたかったのだが、東京へ帰る時間が迫り、あきらめた。もともと今日の午後入っていた仕事が延期になり、夜の部の食事会に間に合わせるべく、あわてて片付け、昼過ぎに発つ。下るに従い、緑はこの雨でさらに濃くなっている。夏が近い。
  
 
5月17日(月) 「CATVインターネットは快適 」
朝から手直し工事で電気、トイレ、システムキッチン、建具の業者が立ち代り来ている。工務店とストーブ工事打合せ、造園業者とスロープ、パーキングの検収立会いなど大忙し。合間に先週末締め切りの原稿をあわてて仕上げ、メールで送付。CATVのインターネットは快適。午後からは茅野の町に下り、ゲストハウスの電器具、調理用具、グラスなどを仕入れた。
  
 
5月16日(日) 「初夏の装い濃くなる」

1週間ぶりの山荘周りはすっかり緑が濃くなり、初夏の装いだ。南の階段歩道、北側のパーキングも白い砂利が敷き詰められた。午後から机、テラスベンチ、ソファベッドが搬入され、カーテン取り付けも同時に来て、またまた段ボールの山ができた。机の脚取り付けを間違い、夜2時間もかかってしまい、パソコンを開ける気力も、お風呂に入る時間もなくなり、ベッドにもぐりこむ。外の雨は時折激しい。

  
 

5月7日(金) 「春霞の中に八ヶ岳」

明日は東京へ帰る。人に会う仕事が待っている。フェイスtoフェイスの仕事はモバイルでは限界がある。午後、別荘地を歩いてみた。3月までスキー場だった斜面にはまだ雪が残っているが、ゆるいスロープはパターゴルフ場に衣替えし、緑のじゅうたんになっている。緑のスロープの先の春霞の中に八ヶ岳が浮かんでいる。小川も雪溶けの流れ激しい。岸辺はタンポポの黄色に染まっている。山荘の周りの落葉松の緑も濃くなり、4月の末の冬の面影はもうない。やっと1500mの高原にも春が訪れた。
 

  
 
5月6日(木) 「山荘に響く山の歌」
連休も終り、待ってもらっていた造園工事が始まった。ショベルカーがうなりを上げて斜面を削り、砂利を敷き、枕木を階段にして歩道ができていく。天気も回復し、爽やかな高原の空が戻ってきた。窓を開け、フレッシュエアをログに染み込ませた。午後、三木君が来訪。彼には土地の選定から始まり、基礎工事や断熱工事など、節目節目でチェックに来てもらい助かった。今日は最終チェック。床下に入り込み、ベランダに出て、専門家らしい指摘をいくつかもらった。細かい問題点もあるものの、総体的にはきちんとした施工との評価をしてくれた。ついでに洗濯機の移動も頼み、これがこの日の大仕事になってしまった。合間合間に、彼もFAXと電話で仕事をしていた。PCなしのモバイルワークである。夜はスーパーで出来合いの惣菜を買い、ささやかな完成パーティ。形は変ったものの、ふたりの夢であった山の生活がスタートしたことを喜んだ。彼のハーモニカで山の歌を唄い、高原の夜は更けていった。
 
  
 

5月5日(水) 「山小屋も立派なオフィス 」

朝、妻と次女が帰った。茅野の駅まで送った。人気のない山荘に戻ると、一抹の寂しさが漂う。昨日からの天気の崩れで寒さもひとしお。もう滞在して7日になるのに持ってきた本も読めず、やるべき仕事も手につかない。山でも登ろうとザックと靴まで持参したのに、それどころでない。毎日、荷物の受取りと開梱、片付けで日が暮れた。今日は何も来ない日なので、初めてパソコンに向かい仕事らしい仕事をした。書き上げた原稿をメールで送った。原稿や資料作成にはうってつけの環境だ。インターネットと電話・FAX、プリンターがあれば山荘も立派なオフィスになる。夜、窓の外を見ると真っ暗闇、昨日まであちこちに点いていた家の明かりがない。ゴールデンウィークも今日で終り。みんな帰った。静かな寂しい山荘の夜だった。救いはメール。豊島さんが一昨日、私たちが買い物に山を下りていたときにモーターツーリングの途中、立ち寄られたとか。携帯で撮った自分と山荘とバイクの写真をメールで送ってきてくれた。少しユーモラスな表情なので笑ってしまった。留守にしていてすまなかった。

  
  
 

5月4日(火) 「ストーブの仕様変更」

今村さんがご夫妻で来訪。足柄の山荘暮らしの大先輩。ストーブ置き場を見て、考えていたダルマは危険と指摘。温度調節機能のついたストーブに切り替えることにした。設置する前でよかった。6月に薪割り指南で再訪してもらうことにした。しばらく続いていた晴天も崩れ、夜は本降りになった。天井のない居間は屋根に直結しているので、雨の音が響き、テレビのボリュームを上げなければならない。これは予想外だった。
 

  
 
5月3日(月) 「LAN環境に驚く」

昨日から妻と次女が来て、台所やふとんの整理をやってくれ、徐々に生活ができるようになってきた。
熊谷さんが北軽井沢からご両親と一緒に来訪。はじめてのお客様。バラバラの器でコーヒーを。熊谷さんは持参のPCでLAN環境をチェック、何も設定しないでもつながったことに驚いた。LANとはこういうものか。便利だね。別荘地のレストランでみんなで食事をしたあと、ご両親の知合いの別荘へ。標高によって育ちがちがう樹木や花を教えてもらう。1500mあたりだと石楠花も良さそうだ。
 

  
 

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4 月

4月30日(金) 「電話が開通、通信環境完備 」

電話が引ける日。携帯は電波が弱いのか、ベランダでは通話できるのに、ログの中に入るとつながりにくい。ISDNにすると一回線でふたつの番号がとれるので、ひとつをゲストルームに割り当て、いずれもFAX機能をつけた。これで通信環境は完備したことになる。さっそく家に電話がつながった報告を。
今日で4月も終り。標高1000m付近は桜が満開、新緑も淡く広がっているのに、1500mの高さのこのあたりはまだ新緑の芽もふかず冬の装いだ。しかし日の光は春の温かさになっている。
 

  
 
4月26日(火) 「布団の中は春、頭の上は冬 」

昨夜、はじめて山荘に泊った。床暖房のフローリングに布団を敷いた。布団の中は汗をかくほどの温かさなのに、頭の上は冷え冷えとして目が冴えて眠れない。まるでテントの中のようだった。
ケーブルテレビの配線工事に立ち会う。インターネットもCATV経由にした。テレビの映りは上々。パソコンの立ち上げも思いのほか簡単。熊谷さんに教わったとおりのルーターを買い、LAN環境を整えた。有線LANだが、書斎、居間、ゲストルームいずれでも快適なパソコンを使った仕事ができる。メールのスピードも速く、これならBフレッツと変らない。昨夜までのPHSのつながらないイライラは解消した。
 

    
 

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